Biography

  • 2020 Mar1Sun

    【No Beer No Life ORIGINAL Vol.20】

    僭越ながらトリを務めさせていただいたノービア。Gyuzoのために書かれた「婚活しようぜ」はヒノカズが見事にものにしていたのが印象的だった。新曲「猫は自分探しをしない」では猫耳を装着するという新たな挑戦も。
  • 2020 Jan5Sun

    Azzitto 新春GIG』

    念願のお友達バンド29Qとの対バンがかなった。我々目当ての若い女性たちが多かったのが印象的だった(嘘)。
  • 2019 Oct20Sun

    No Beer No Life Acoustic vol.12 LINK

    初のアコースティックセット。この編成だと我々の真摯で熱いメッセージがよりリアルに伝わるらしく、感動に震えている観客も多かったと聞く。
  • 2019 Apr14Sun

    No Beer No Life追加公演Vol.16 出演

    ヒノカズの出身母体(?)であるノービア初出演。我々以外は人気バンドのコピーバンドばかりで正直太刀打ちできる感は全くなかったが、多くの人々が温かく迎えてくれて非常に楽しく演奏ができた。
  • 2018 Dec9Sun

    高円寺ClubrootsでLIVE

    ヒノカズ加入後初のLIVE。それでいながら「問屋が卸さない」「中年になる」「老いの予感」など新曲メインの攻めのセットリストで臨んだマイルストーン的なLIVEとなった。メンバー的にはヒノカズをいつクビにしようかと目論んでいたようだが、演奏的にはともかく予想以上のパフォーマンスでクビの危機を脱した。
  • 2018 Feb25Sun

    おやじバンドフェスティバル出演

    度重なる変態行為により謹慎中だったヒノカズに代わり、ミナミ氏(蒼弐才)がサポートベーシストとして参加。しかしTOTOとかクリムゾンを完コピする共演者に対して、オリジナル曲と付け焼刃な「電撃バップ」では太刀打ちができなかった。そして審査員がベーシストという事で、ダメ出しがミナミ氏に集中したのは誤算だった。
  • 2017 Sep1Fri

    永遠の試用期間ことヒノカズ加入

    ナカノ、タケダが参加した怒髪天セッションで意気投合しなかったヒノカズが加入。加入したことをサプライズ発表しようとしたが、まったくサプライズ感のない人選だったのでHP上でこっそり公表。それに対するリアクションは皆無であった。なおGyuzoと同じくバンド加入したのは人生初ということで、今のところモテる気満々である。
  • 2017 Jun30Fri

    Gyuzo引退

    もうバンドをやってもモテることはないとわかってしまったGyuzoが急激にバンドに対するモチベーションをなくし引退。というのが表向きの理由だが、本当の理由はお下劣すぎてここでは書けない。
  • 2017 Jun17Sat

    新宿MEGA ROCKにてLIVE

    改名後2回目のLIVE。近所に同じ名前のゲイバーがありうっかりそっちに行かなくて良かった。マスターがイラン人という独特なムードを持った店だったが現在は休業中らしい。復活したら是非出演したい。
  • 2016 Nov3Thu

    吉祥寺CressendにてLIVE

    改名後初のLIVE.名曲「上司のお誘いお断り」初披露。「変態だぜ」で「最近では学校の先生、お坊さんまでがわいせつ行為で逮捕されることがあり誠に嘆かわしい」というようなMCをしたところ、共演者の中に学校の先生とお坊さんがいたので冷や汗をかいた。幸いそのお二方とも変態であることを隠さない人だったので事なきを得た。
  • 2015 Jan1Thu

    Fullteensからローガン・ジェントルマンへ改名

    別のFULL TEENZというバンドがブレイクし、フジロックに出演したのを受けて改名を検討。「武田塾」「乳首拷問愛好会」「武中島」「ふぐりーず」「ぶらり」などいくつかのアイデアから「ローガン・ジェントルマン」を選択。「乳首拷問愛好会」にしなくてよかった。
  • 2014 Jul12Sat

    渋谷Take off7にてLIVE LINK

    リンクに貼っておいたが、「MCダダスベリ事件」発生。この事件によりGyuzoの心に深い傷が刻みこまれることになる。
  • 2012 Jun16Sat

    吉祥寺CressendにてLIVE

    名曲「老眼・ヘルニア・メタボリック」「変態だぜ」初披露。初めてオリジナルTシャツで臨んだLIVEでもあった。諸事情によりこの日からナカノがベースからギターへ、Gyuzoがギターからベースへタケダが熟女キラーへシフトチェンジ。

  • 2010 Sep20Mon

    飯田橋SPACE WITHにてLIVE

    名曲「中年男子」初披露。共演したバンドも年齢層が高く、初めてアウェイを感じなかったLIVEでもあった。のちにドラムのタケダが共演者のうちのひとりに請われて別バンドへ参加したが、そのバンドのリーダーから執拗なダメ出しを食らい心が折れそうになる。
  • 2009 Nov23Mon

    新宿たかのやにてLIVE

    THE☆カニライター時代にお世話になった「たかのや」へ満を持して出演。友人P氏のおかげにより無観客は免れたが、出番が日曜の夜遅くだったせいか集客に苦労した。のちにお蔵入りとなる名曲「金輪際ない」初披露。
  • 2008 Nov2Sun

    両国fourvalleyにてLIVE

    憧れの女性を招待したせいか、Gyuzoが朝から魂の抜け殻のような状態だったことは記憶に新しい。場所が場所だけに打ち上げ終了後のちゃんこ鍋がおいしかった。
  • 2007 Nov7Wed

    大塚CAVEにてLIVE

    前回の初ライブ後すぐオファーをもらって出演。ただ出番が最後だったので近所の居酒屋で飲み会終わった後に演奏したのでヒドイ出来だった。しかし演奏中はすごく楽しかったと記憶している。これ以降LIVE前に宴会をやることは封印した。
  • 2007 Sep8Sat

    大塚CAVEにてLIVE

    記念すべき初ライヴ。THE☆カニライターでもお世話になった大塚CAVEにて。名曲「パソコン壊れた」「負け犬」など後の代表曲がここですでに披露されていた。人生初めてのバンドを組んでモテる気満々だったGyuzoの作詞作曲による「Come On」披露。
  • 2005 Nov25Fri

    Fullteens結成

    結成の場となった居酒屋で「ミスチルみたいに略されて呼ばれるようなのがいいよね」ということで「Fullteens」と命名。35歳にして初めてのバンド加入となったGyuzoは、モテる気満々だったので猛烈にこの名前にすることを嫌がった。